僕が時短を駆使して週休5日にしないといけない理由

なぜ時短なのか?

なぜ週休5日なのか?

ということを改めて考えてみた。

 

一言でいうと、死生観からきている。

書いてみようと思ったが過去にmixiとかで書いた日記が出てきたので引用することに。

 

〜以下引用〜

 

でも僕には一つの風景があった。インド、ガンジスでの死体を焼く風景。死と生って本当にすぐ横にある。いつか死ぬ、ではなく、この焼いてるおっさんが明日焼かれてる、と感じた。 おれもあのおっさんも死んだらあのドラム缶で焼きやすいように骨をバキバキ折られる。理屈ではなく、肌感覚で死が迫ってきた。あの感覚は帰国も染み付いていた。   もっとやりたいことをしたい。 今死んだら、死んでもしにきれない。 もっと見たい風景がある。 もっと会ってみたい人もいる。 もっとやりたいことがある。 もっと読みたい本もある。   ネパールでみた、ヒマラヤも目に浮かんだ。あれを登らないまま人生終わりたくないなぁ。

~引用終わり~

 

仕事なんてしている場合じゃない・・・ と当時は痛烈に思い。

会社を辞めた。

 

仕事は嫌いではないが、いまでも仕事ばかりしているときは、ふとわれに返り、冷静になる。

仕事している場合じゃない・・

今週いっぱいで死ぬとしたら、日中ずっと仕事するだろうか?

 

僕はしないだろう。

少なくともダラダラ夕方までせずに、必要なことを済ませて、もっと大切な何かをしにいくはず。

 

それは ブックショップでビールを飲みながらヘミングウェイを読むことかもしれないし、

気になっていたタランティーノの映画をみることかもしれない。

もしかするとヒマラヤのレーの青い空を見に行くことかもしれない。

 

なんでもいいんだが、もっと大切なことはあるのだ。

時短とは、仕事時間を短くするということではない。

自分の人生を真剣に感じ、考えるということなのだ。

 

あなたに聞きたい。

そんなに働いている場合? 週5で仕事している場合?

 

 

『人生は短く、世界は広い』

ジム・ロジャーズ 時短を通じて、最高の人生を。

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